サイエンス&センス

「コーヒー豆の“多孔構造”に学ぶ ― 香りと機能を生み出すマテリアルデザイン」

コーヒーの香り、葉のきらめき、金属の光沢――。
ふとした瞬間に見える自然のしくみは、材料設計にも通じています。
Science & Sense は、そんな日常の“ひらめき”を科学の視点で読み解く、Nistyのもうひとつのブレイクタイムです。

香りの裏側にある“構造”の話

朝の一杯のコーヒー。
豆を挽いた瞬間に立ちのぼる香ばしい香り――
その魅力の源は、実は「化学反応」と「構造形成」の両方にあります。コーヒー豆は、生豆の状態では硬く緻密ですが、焙煎によって劇的に変化します。焙煎中に水分が急速に蒸発し、内部ではアミノ酸と糖が反応してメイラード反応(褐変反応)が進行。同時に、セルロース・ヘミセルロース・リグニンなどが熱分解を起こし、内部に二酸化炭素や揮発性ガスが生成されます。このガスが外へ逃げられないうちに細胞壁を押し広げ、コーヒー豆内部に無数の微細孔(ポーラス構造)が形成されるのです。その結果、焙煎後の豆は密度が半分近くまで低下し、軽く、指で押すと空気を含んだような弾力を感じます。つまり、私たちが香りや味として感じているものの多くは、この「多孔構造」が持つガス保持と拡散のダイナミクスによって生まれていると言えます。

多孔構造が“香りの放出”を制御する

焙煎直後の豆が最も香り高いのは、内部に閉じ込められたガスがゆっくりと外へ放出されるためです。この拡散過程は、孔の大きさ・分布・連通性に大きく依存します。孔径が小さすぎれば香りが閉じ込められ、大きすぎれば一気に放出されてしまう。この“ほどよい抜け感”を生む微細構造が、まるで高分子多孔膜の設計思想そのものです。化学的反応により内部からガスが発生し、それを逃がさずに構造化する――まさにポリマー発泡や相分離による多孔化と同じメカニズムが自然界の中で起きています。

コーヒーから見るマテリアルデザインの発想

多孔構造は、素材の“内部空間をデザインする技術”です。
コーヒー豆の例では香気拡散を、材料設計の世界では熱・ガス・電荷の流れを制御するために用いられます。当社が扱うポリマー材料でも、この「空間設計」という視点は極めて重要です。例えば、絶縁膜や放熱シートでは、分子鎖の配置や自由体積が誘電特性や熱伝導に大きく影響します。また、フィルムや樹脂内部に微細な空間を形成することで、軽量化や柔軟性、吸着機能を実現することもできます。つまり、コーヒー豆の焙煎過程で偶然生まれる孔構造を、材料設計では“意図的に、分子レベルで作り込む”という違いがあるだけで、根本の思想は同じです。どちらも、「構造が性能を決める」という普遍的な原理に従っています。

◎「自然現象」からの学び

自然のプロセスには、常にエネルギー・反応・拡散・構造形成が共存しています。コーヒー豆の膨張も、ポリマーの相分離も、熱とガス、そして分子の動きが織りなす“自己組織化”の一例です。私たち材料技術者にとって、こうした現象は単なる比喩ではなく、新しい構造発想のヒントそのものになります。

【まとめ】

科学は、私たちの身近なところに潜んでいます。コーヒーを淹れるときの香り立ち、豆の膨らみ、そして味の深み――
それらは、熱・ガス・構造が生み出す見事なマテリアルデザインの成果です。私たちがポリマー材料で目指しているのも、“見えない分子の動きをコントロールし、望む機能を引き出す”という同じ世界です。研究と日常のあいだに垣根はありません。コーヒーの一滴にも、材料設計の本質が息づいているのです。

私たちは、こうした自然現象の中にこそ、材料設計のヒントが隠れていると考えています。自然現象を科学し、その仕組みを理解しながら、お客様のご要望や用途に最も適した形で応えていく――
それが私たちが目指すマテリアルデザインの姿です。

【引用文献】

1.E. Illy, Food Chemistry, 284, 347–354 (2019).
 ― 焙煎時のガス発生とコーヒー豆の細孔形成メカニズム。
2.F. Buffo et al., Journal of Agricultural and Food Chemistry, 68(14), 3891–3902 (2020).
 ― 香気成分生成と細孔構造の相関。
3.Coffee Research Institute, “Porosity and Degassing of Roasted Coffee,” Technical Report, 2021.
 ― 焙煎豆の多孔性とCO₂脱ガス挙動の実測データ。
4.Scientific American Japan Edition, 2022年5月号「コーヒー豆の物理化学」.
 ― 熱分解・ガス膨張・香気拡散に関する一般科学的解説。
5.K. Kanamori, Advanced Materials, 33, 2004949 (2021).
 ― 多孔構造設計と相分離/発泡による材料制御のレビュー。